関東学院大学

建築・環境学部 建築・環境学科

対談 湯澤正信x長谷川逸子

対談 湯澤正信×長谷川逸子

これからの建築には女性の視点が重要になります。
対談 湯澤正信x長谷川逸子
──まずは、建築・環境学部の概要について、湯澤学部長からご説明ください。
湯澤:従来の建築学は、主に工学の視点から建物を建てること、それも新しい建物を建てることに注力してきましたし、そういう学問体系とされてきました。しかし最近は、古い建物を長く使っていくよう上手に維持し、環境に配慮し、エネルギーのことを考えるようになってきました。生活面にしても、古いものを断ち切るのでなく、良い面を持続していこうという考えが主流になりつつあります。こういう状況の中で、今までの工学の中に位置づけられた建築学ではなく、建築が本来持っている総合的な営みという部分に立ち返って、社会科学や人文科学、芸術や、思想や哲学も含んだ総合的な学問=建築・環境学を学ぶ場として新しい学部を考えました。この建築・環境学は、従来の建築学のデザインとエンジニアリングという軸の他に、新しい2つの軸を持っています。持続する時間という軸と、環境という軸です。また、学生一人一人に対応するよう少人数でやっていこうと思っています。1人の教員に対して10名くらいの学生で、実践的な教育をしながら、建築を広くそして身近に捉えてもらうということです。
──どんな人にここで学んで欲しいですか。
湯澤:理系の工学だけではない建築、というふうにやっていきたい。だから、私たちは文系の人、特に女性にも学んで欲しい。ということで、今日はこの分野で活躍する女性の代表選手である長谷川先生にお話を聞かせていただければと思っています。
長谷川:日本の建築は、長い歴史の中で住むということに力をいれてきたと思います。オペラハウスのような公共建築を建てるよりも、住居をつくることが建築の歴史であったと言えます。住まいを大事につくってきた土壌の中で、日本の建築は育ってきたのです。また、そこに生活する女性が多く関わってきました。日本人は生活の中で、小さな時から掃除の仕方なんかを教わることで、建築のあり方や材料のことも教わってきました。緑甲板はどう扱わなければいけないのかとか。そういう歴史が、女性が建築の場で働くということを育てやすい環境にあったと考えます。
──先生は海外でも活躍されていますが、海外の状況はいかがですか?
長谷川:欧米で仕事をすると、男性のパートナーはいないのかなんて訊かれます。いまでも、欧米では建築というのは男性の仕事です。しかし、アジアではそうではありません。この間レクチャーしたインドネシアで建築の賞の最優秀賞を女性が獲っていました。アジアの国々は、家をつくるところに、女性の建築家がいます。中国でも、インテリアデザイナーとして女性が多く活躍しています。日本も住宅をつくることに、長い歴史のなかで女性が関わってきました。自分の庭のつくり方も、周辺にどんな影響を与えるかと考えるなど女性は環境のことも大事にしてきました。だから、女性はこの仕事には合っていると思うのです。
──長谷川先生の学生時代のことを教えて下さい。
長谷川:私の学生時代は、工学部の建築学科で、女性は100人くらいのうち4~5人ぐらいだったでしょうか。当時、住宅の模型をつくるのが最初の課題だった。2年生になる頃かな。それで黒川さん(黒川紀章:建築家)や磯崎さん(磯崎新:建築家)がやっていた学生会議というのがあって、早稲田での展覧会に先生がその模型を出品したんです。そうしたら一番だったんです。その展覧会を菊竹さん(菊竹清訓:建築家)が見て、それで電話があって、菊竹さんのところでコンペの模型づくりに参加しました。パースの下書きとかも描かせてもらった。4年生になる春休みにアルバイトに呼んでもらって浅川のアパートの図面を描いて、建築が面白くなっていったんです。そして、菊竹さんの事務所で仕事をしていくようになるんです。ハードで日曜日もないような日々でしたが、楽しかったですね。
湯澤:あの頃の菊竹事務所って、とくにすごかったようですね。
──菊竹事務所では、どのような仕事を?
長谷川:少ない人数で大きい仕事をしていました。はじめに都城文化会館のファーストイメージのスケッチをさせてもらいました。間もない頃に、東光園で天皇陛下が使われるベッドとイージーチェアを設計してと言われ、戸惑いながらけっきょくデザインしました。天皇陛下のベッドと椅子を。それで、菊竹さんから家具をやるようにと言われたんですが、私は建築をやりたいという事をはっきり伝えました。そして建築の設計から家具やテキスタイルのデザインまでやりました。おかげで、トータルでいろんなことを考えられるようになりました。建築もやるし、家具もやるし、ランドスケープもやるし、というようになったんです。菊竹さんが女性の能力を引き出してくれたのだと思いますね。
湯澤:インテリアだとかサイン計画って、女性のほうがセンスがいい。やはり女性ならではのものってあるのかなと思いますね。
長谷川:女性は実際に生活の中で使うというリアリティがあるのでイメージしやすい。男性はその前に、どうしても頭でシステムを考えてしまう。
湯澤:男性は例えばドアノブって改めて言われて、初めて手で触れるものとしてのドアノブのことに気づきます。でも、女性はそのことを普段から自然に意識しているのだと思います。
──新しい学部にどんなことを期待しますか?
長谷川:私は、市民とコミュニケーションするというプログラムを必ず実行しています。このことって、男性には結構難しかったりするんですね。建築の仕事は利用者にいろいろなことを言われたりする。それをコントロールしながら、自分の提案をどうやって実現するかを考えていかないといけない。そういう時は、女性のほうがコミュニケーションが上手いように思う。よく使われる建築をつくるには建築家は利用者や施主とコミュニケーションをとりながら、やっていかないといけないのです。

建築物でも、都市でも、住宅地でも、設計に伴うコミュニケーション能力を学習して欲しいですね。そういう部分で女性が能力を発揮してくれると思います。今までの権威のある建築家のやっていることは「作品作り」すぎるんですね。本当の意味でのコミュニケーションをやっているという感じが伝わってきません。そういう部分を女性たちが埋めてくれたら、日本の建築は変わっていくと思うんです。
湯澤:私もコミュニケーションをとりながらの建築設計をこころがけていますが、いま長谷川さんに言われて思ったのですが、私は最終的には相手に対抗して話してしまいがちです。相手の話はじっくり聞いているのですが、最後には議論に勝とうとする。でも、女性はどうもそうでないですね。負けて帰ってくる。けど、最後には勝っている。男性は、対話というより論争になっちゃうみたいです。その辺のところをわれわれが理解して学生に対応できるようになると、この新学部がもっと面白いものになっていくと思います。
長谷川:そうですね。コミュニケーションという対話は建築を実現するためには大切な仕事です。そこを積極的に行う事をしないと、次の建築というのはないですね。
──これからの建築を考えた時に、市民の声や、人々の生活をもっと考えてほしいということですか?
長谷川:そうですね。快適に住み、快適な環境をつくるためには、自然とともに過ごすということを大切にしてきました。本当は、そこのところに日本の建築の原点があるはずです。材料やディテールが職人の手を離れて商品として生産されるものを組み立てることで、身体感覚から遠退くものになり、快適さを失ってきた。日本の歴史の中に、快適さをつくる知恵があると思います。
湯澤:省エネなんかは、日本的な自然との調和という部分がかなりありますね。それを感覚的に気づいてもらうには、日本の歴史や文化というものも教えていかないといけないなと思っています。
──関東学院大学の新しい学部に期待することと、若い女子学生に声をかけることは。
長谷川:建築というのはファッションとかを考えるのと同じように、楽しく自分の生活を考えていくことで、女性的な感覚のほうが新しい時代の建築を考えるのに合っているんじゃないかとさえ思えるんです。関東学院大学で新しい学部をやっていくのであれば、半分くらい女性が担って男子学生にも影響を与えて欲しいと思います。

これからは、いままでの男女の役割りが逆になったっていいじゃないですか。そうすれば、社会はよりよくなっていくと思うんですね。いろいろな建築分野で女性が活躍して欲しいです。そしてより快適で、良い社会を実現するようになって欲しいですね。
Profile
湯澤正信

湯澤正信

関東学院大学 建築・環境学部 学部長
神奈川県出身。専門は建築デザイン。
浪合村立浪合小学校・中学校(1988、日本建築学会賞受賞)福島県立いわき光洋高等学校(2004)などの教育施設の他に、庁舎、福祉施設、住宅など、多くの建築物の設計に携わる。

長谷川逸子

長谷川逸子

長谷川逸子・建築計画工房主宰
静岡県出身。関東学院大学工学部建築学科卒業後、菊竹清訓に師事。
1979年より長谷川逸子・建築計画工房(株)を主宰。
2001年に関東学院大学工学部客員教授(~2012)
国内外で、文化施設や集合住宅、教育施設など多くの建築に携わる。建築家として活躍するとともに、関東学院大学をはじめ多くの大学で後進の育成に尽力してきた。

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